花粉が飛んで周辺の作物と交雑してしまうのでは?遺伝子組み換え作物についてこんな懸念の声を聞きます。しかしその科学的メカニズムについては意外に知られていないことも多いのではないでしょうか。農林水産省が先ごろ、カルタヘナ法の施行に伴い、組み換え作物の栽培指針の中で、交雑防止のための隔離距離を作物別に設定しました。そこでその数値的根拠も含め、独立行政法人農業生物資源研究所企画調整部遺伝子組換え研究推進室長/農学博士の田部井豊氏に、気になる作物の交雑性と隔離距離との関係について話を聞き、そのポイントをまとめてみました。
植物は交雑によってbiodiversity(生物多様性)を増やし、自分が生きていく上で有利な可能性を蓄積します。交雑はどの植物にも基本的に備わった性質ですが、交雑様式や交雑率などは植物によって大きく異なります。その違いを正しく知ることが、交雑の心配を取り除くカギとなります。
2004年2月24日に農水省が「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」(以下「栽培指針」)の中で隔離距離を設定したのは、イネ、ダイズ、ナタネ、トウモロコシの4作物ですが、いずれも、異なる年、異なる場所の複数の研究結果から総合的に導き出した数値です(末尾参照)。数値は「事実」に基づいたもので、もし従来の試験結果と異なる事実が明らかになればきちんと対応するという「事実に対する謙虚さ」が必要。つまり隔離距離はサイエンス(科学)である。そう田部井氏は強調します。
交雑性を考える上でまず知っておきたいのが自家受粉(※1)と他家受粉(※2)の違い。自家受粉の作物は他の花粉が飛んでくる前に自分の花粉で受粉してしまうことが多いため、当然、交雑率は低くなります。4作物の中ではイネとダイズがこれに属します。トウモロコシなどの他家受粉性作物に比べ指針で定める隔離距離が小さいのもこうした作物本来の特性によるもの。ダイズは虫媒性(※3)で虫がいないと花粉が運ばれないほか、閉花受粉(※4)の性質もあるので自分の花粉で受粉する確率が高い、つまり交雑率の低い作物とされます。
それぞれの隔離距離は、イネで16種類、ダイズで8種類の異なる試験データをもとに導き出していますが、そのデータを見ると、実際にはダイズで4m、イネについても4〜5mでほぼ花粉の飛散はゼロに近い値となっており、示されている隔離距離は十分な安全係数を見込んだものとなっています。イネについては、交雑率が高まる雄性不稔(※5)作物を使った試験データによって最大リスクも見ていますが、その場合でも花粉飛散距離は10数m程度となっています。
キーワード
※1【自家受粉】(じかじゅふん)自分の花粉で受粉すること
※2【他家受粉】(たかじゅふん)他株の花の花粉で受粉すること
※3【虫媒性】(ちゅうばいせい)虫を介して受粉すること
※4【閉花受粉】(へいかじゅふん)花を閉じたまま自家受粉する
※5【雄性不稔】(ゆうせいふねん)花粉を作れなくなった状態
農水省の栽培指針で定める隔離距離
イネ 20m
ダイズ 10m
トウモロコシ 600mまたは防風林がある場合は300m
西洋ナタネ 600mまたは花粉及び訪花昆虫のトラップとして、栽培実験対象作物の周囲に、1.5m巾の非組み換え西洋ナタネを開花期間が重複するように作付けた場合は400m
次回はその2〜「他家受粉」編(キーワード:雑種強勢、自家不和合性、風媒性など